2008年05月22日

「信念と言葉」どう思う?

「信念と言葉 如何」・・・・・2回目のその5

ある著名な先生から頂いたお題に対する私の思いです。2回目の参加です。
私の個人的な思いですので夫々の方で違って当たり前。皆さんもご自分に問うてみては如何でしょうか。


信念とは
最近、経営者のセミナーなどでクレド「信条」をはっきり明示しなさいとか、思想信条を妨げないとか、信条という言葉をよく耳にします。

信条を辞書で引きましたら「かたく信じる事柄」。
良い悪い、善悪の程はさておいて、信じる事柄、道筋。
信念は「正しいとかたく信じている自分の考え」。

正しいとかたく信じているだけでは駄目で、人の道から外れていたり、社会的に認知されない事を正しいと信じてもらっても困ります。

ですから心が伴っていないといけませんよね。

信念を持ち続ける事は、尊敬もしますし継続の大切さを学びます。
信念は変わることも大事だと思います。
当然、子ども時代の信念と大人になってからの信念は当然変わりますし、良き師に出会うことによっても今まで持っていた信念が崩れ去って新しい信念が登場することもあります。

言葉とは
以前の問答講のときにも書きましたが、言葉は心のあり方によっても随分と異なるものです。
言葉は言の葉とも言います。

言の字は口に刃が刺さった象形とも聞きます。恐ろしいのは凶器を使った暴力だけではありません。

一言によって人の命を奪ったり、死に追いやったり、奈落の底に突き落としたりも致します。

逆に言葉によって、人を慶びの絶頂に持ち上げる事も出来ますし、幸福を感じさせることだってできます。

或いは良く「腹にもないこと」とも言います。心にもないことをさも思っているようにも人間は表現したりも致します。

信念と言葉
信念だけでもいけませんし、言葉だけが先走りしても人の関係は上手く行きませんし、持続もしません。

正しいと裏づけされた心の発露が口をついて出る言葉であって欲しいものです。
一言添える前に「まず口に飲み込んでから」とは良く言われます。

つい口をついて出る言葉の中には、気づかず棘(とげ)が刺さっていたりも致します。

一呼吸おいてから、発する言葉には重みが出たり、暖かさが加わったりもするものです。

信念とそれに裏打ちされた言葉が、飛び交う社会であればどんなにか心安らぎ、物欲に頼らない豊かな社会になるような気も致します。



Posted by mister_kei0918 at 11:06│Comments(0)
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